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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)9307号 判決 1991年3月12日

原告

甲野太郎(仮名)

被告

アメリカンインターナシヨナルアシユアランスカンパニーリミテツド

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告アメリカンインターナシヨナルアシユアランスカンパニーリミテツドは、原告に対し、三七一万三〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年六月一七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告富士火災海上保険株式会社は、原告に対し、三五五万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年六月一七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3  被告同和火災海上保険株式会社は、原告に対し、三三七万七二五〇円及びこれに対する昭和六一年六月一七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

4  被告日動火災海上保険株式会社は、原告に対し、二三七万円及びこれに対する昭和六一年六月一七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

6  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告アメリカンインターナシヨナルアシユアランスカンパニーリミテツド(以下、「被告AIA」という。)、被告富士火災海上保険株式会社(以下、「被告富士火災」という。)、被告同和火災海上保険株式会社(以下、「被告同和火災」という。)、被告日動火災海上保険株式会社(以下、「被告日動火災」という。)はいずれも損害保険業を営む会社であるところ、原告は被告らとの間で、被告らを保険者として次のような保険契約を締結した。

(一) 保険者 被告AIA

保険の種類 普通傷害保険

被保険者 原告

保険証券番号 K〇四三九〇七

契約締結日 昭和六〇年三月五日

保険期間 右契約締結日から一年間

保険事故と保険金 被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によつて傷害を受けたとき、入院日数一日につき一万円(但し、事故発生の日から一八〇日を限度とする。)

保険料 毎月一万〇六七〇円

(以下、「本件保険契約(一)」という。)

(二) 保険者 被告AIA

保険の種類 自家用自動車保険

被保険自動車 普通乗用自動車(和五六ね七七五三号、以下、「原告車」ともいう。)

保険証券番号 八四二九九八八

契約締結日 昭和六〇年三月二五日

保険期間 右契約締結日から一年間

保険事故と保険金 被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故によつて被保険自動車の運転者が身体に傷害を受けたとき、右運転者に対し、入院日数一日につき六〇〇〇円

被保険自動車の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者が被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故によつて傷害を受けたとき、この者に対し、入院日数一日につき七五〇〇円(但し、事故発生の日から一八〇日を限度とする。)

保険料 四万四八四〇円(一括払)

(以下、「本件保険契約(二)」という。)

(三) 保険者 被告富士火災

保険の種類 積立フアミリー交通傷害保険

被保険者 原告

保険証券番号 六一八三一―二八五七九〇―六

契約締結日 昭和六〇年九月三〇日

保険期間 右契約締結日から三年間

保険事故と保険金 運行中の交通乗用具(自動車を含む。)に搭乗中の被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によつて身体に傷害を受けたとき、入院日数一日につき一万一二五〇円(但し、事故発生の日から一八〇日を限度とする。)

保険料 毎月四万六四七〇円

(以下、「本件保険契約(三)」という。)

(四) 契約当事者・契約内容・契約締結日は本件(三)契約と同じ

保険証券番号 六一八三一―二八五七八九―八

(以下、「本件保険契約(四)」という。)

(五) 保険者 被告同和火災

保険の種類 積立フアミリー交通傷害保険

被保険者 原告

保険証券番号 〇三八五三三四二九一―一

契約締結日 昭和六〇年一〇月七日

保険期間 右契約締結日から五年間

保険事故と保険金 運行中の交通乗用具(自動車を含む。)に搭乗中の被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によつて身体に傷害を受けたとき、入院日数一日につき一万一二五〇円(但し、事故発生の日から一八〇日を限度とする。)

保険料 毎月一万九〇二五円

(以下、「本件保険契約(五)」という。)

(六) 契約当事者・契約内容(保険金額・保険料を除く。)・契約締結日は本件(五)契約と同じ。

保険証券番号 〇三八五三三四二九三―八

保険金 入院日数一日につき一万〇一二五円(但し、事故発生の日から一八〇日を限度とする。)

保険料 毎月一万三五九五円

(以下、「本件保険契約(六)」という。)

(七) 保険者 被告日動火災

保険の種類 積立フアミリー交通傷害保険

保険証券番号 六一三四九二四〇

契約締結日 昭和六〇年一一月二六日

保険期間 右契約締結日から五年間

保険事故と保険金 運行中の交通乗用具(自動車を含む。)に搭乗中の被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によつて身体に傷害を受けたとき、入院日数一日につき一万五〇〇〇円(但し、事故発生の日から一八〇日を限度とする。)

保険料 一八四万七四五〇円(一括払)

(以下、「本件保険契約(七)」という。)

2  原告は、次の交通事故(以下、「本件事故」という。)によつて傷害を受け、入院治療を余儀なくされた。

(一) 日時 昭和六〇年一二月三日午後九時一五分ころ

(二) 場所 和歌山市有本五四七番地先路上(以下、「本件事故現場」という。)

(三) 事故車両 原告車

右運転者 原告

(四) 態様 原告は、急な坂道のうえにクランク状の急カーブになつている本件事故現場を原告車を運転して進行中、前方から猫と思われる小動物が飛び出してきたのに気を取られて、ハンドル操作を誤り、原告車を道路から約二・五メートル下の畑に転落させた。

(五) 受傷内容 原告は、本件事故により、頸部捻挫、頭部外傷、脳震盪、頚肩腕症候群の傷害を受けた。

(六) 入院 原告は、前記傷害の治療のため、昭和六〇年一二月四日から同六一年五月一〇日までの一五八日間、医療法人濱病院に入院を余儀なくされた。

3  本件事故による原告の右受傷及びその治療のための入院は本件各保険契約の保険事故に当たるから、被告らは原告に対し、それぞれ保険契約に基づいて前記一五八日間の入院に対する保険金の支払義務を負うところ、その合計額は、次のとおり、被告AIAが三七一万三〇〇〇円、被告富士火災が三五五万五〇〇〇円、被告同和火災が三三七万七二五〇円、被告日動火災が二三七万円となる。

(算式)

被告AIA

(10,000+6,000+7,500)×158=3,713,000

被告富士火災

11,250×2×158=3,555,000

被告同和火災

(11,250+10,125)×158=3,377,250

被告日動火災

15,000×158=2,370,000

4  原告は、昭和六一年六月一六日に、被告らそれぞれに対し、前項の保険金を請求した。

よつて、原告は、被告AIAに対し三七一万三〇〇〇円、被告富士火災に対し三五五万五〇〇〇円、被告同和火災に対し三三七万七二五〇円、被告日動火災に対し二三七万円及び右各金員に対する前記四の請求の日の翌日である昭和六一年六月一七日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告の受傷の点は否認し、その余は不知。

本件事故後、原告車は道路から約二メートル下の畑に車体前部から突つ込んでいたが、後輪は道路に残つており、損傷は車体前部のバンパー、フエンダー付近に限られていた。右転落及び損傷の状況に本件事故現場の道路状況等を併せ考えると転落時の原告車の速度は時速約一二・六キロメートル以下の低速であつたと考えられるので、本件事故により原告に強い衝撃が加わるようなことはなかつたはずであり、従つて、原告は、シートベルトを着用していなくてもフロントガラスなどで頭部を打撲するというようなこともなかつたはずである(現に身体の他の部位はどこも打撲していない。)。そして、仮りに原告の供述するように前頭部をバツクミラーで打つたとしても、その程度では脳震盪などが生じるはずはないから、本件事故で原告主張のような傷害が発生したとは考えられない。

また、原告の入院中の治療内容は、鎮痛剤やビタミン剤の投与と尿・血液検査、レントゲン検査の反復実施だけ(しかも異常所見は認められていない。)で整形外科的治療は行われていないことに加えて、原告が入院中に二四日間も外泊し、既に昭和六一年一月には退院許可が与えられていたことに照らすと、原告の入院はその必要性のないものであつたというべきである。

3  同3、4は争う。

三  抗弁

1  故意の受傷による免責

本件各保険契約に適用のある普通保険約款には、被保険者の故意によつて生じた傷害に対しては保険金を支払わない旨の条項が存在する(本件保険契約(一)につき第三条第一項(1)、同(二)につき第二章第三条第一項(1)及び第四章第二条第一項(1)、同(三)ないし(七)につき第一一条第一項(1))ところ、本件事故は原告が保険金を取得するために故意に発生させたものであるから、本件事故によつて原告が傷害を受けたとしても、被告らに保険金の支払義務はない。

本件事故が原告の故意によるものであることは以下の事情により明らかというべきである。

(一) 前記のような原告車の転落後の状況からすると、右転落時の本件事故現場の道路左側と原告車の右側面の角度は約七八度であると推定されるところ、そのような形で転落するためには、走行中にハンドルを右に切つて道路の右端に寄つたうえ、その位置で瞬時にハンドルを左一杯(一・七二五回転)に切つて前輪を最小回転半径で回転させなければならず、瞬時にこのような操作を行うことはきわめて困難であるばかりか、仮りに原告主張のように小動物が飛び出してきたとしても、これを避けるためには、このようなハンドル操作を必要としない。

また、原告車の転落後の状況、特に後輪が道路に残り、車体前部の損傷も少ないことからすると、転落直前の原告車の速度は時速約一四キロメートル以下と推定されるから、道路右端から左端まで進行する間にブレーキを踏んで停車させることも可能であつたのに、急制動した痕跡はない。

(二) 原告は、本件事故時の運転操作について「スピードはあまり出しておらず、カーブを曲がつてハンドルを戻し切らないうちに何か出てきたのでハンドルを左に切り、とつさにブレーキを踏んだと思う。」と述べているが、右のようなハンドル操作では原告車は横転しているはずであつて、徐行しながら道路の右側へ寄つてハンドルを左一杯に切るか、一旦停止して右へハンドルの切り返しをしたうえで左へハンドルを切り、意図的に徐々に前部を転落させない限り本件事故のような転落状況にはならない。

(三) 原告は、本件事故当時、本件各保険契約のほか、災害特約による入院給付金条項を伴う七つの生命保険契約を締結しており(入院給付金の合計は日額四万円)、毎月の保険料は、生命保険だけでも七万九五四二円で、本件各保険契約も併せれば毎月二五万円(一時払のものは月額に換算した。)を超えており、右は原告の当時の月収三五万円に比べて異常に高額である。また、生命保険契約の入院給付金はともかく、本件各保険契約の入院保険金の合計額八万円余は、実損害額填補を基本とする損害保険の本旨に照らして異常に高額というべきである。

(四) 前記のとおり、本件事故によつて原告の主張するような損害が生じたとは考えにくく、このことに原告の事故後の入院はその訴える症状や治療の内容に照らして異常に長期であること、及び前述のような原告の入院態度を併せ考えると、原告主張の傷害自体、その存在を肯定できないものである。

2  他覚症状のない頸部症候群についての免責

本件各保険契約に適用のある普通保険約款には、頸部症候群(いわゆる「むちうち症」)で他覚症状のないものに対しては保険金を支払わない旨の条項が存在する(本件保険契約(一)につき第三条第二項、同(三)ないし(七)につき第一一条第二項など)ところ、原告が本件事故によつて被つたと主張する傷害はこの頸部症候群に該当し、かつ、右傷害につき原告の訴えを裏付けるような検査・テスト上の異常所見は認められていないから、被告らは右傷害による原告の入院に対して保険金支払義務を負わない。

3  通知義務違反ないし告知義務違反による解除

(一) 解除事由

(1) 被告AIA

本件保険契約(一)に適用のある普通保険約款には、保険契約者が保険契約締結の後、身体の傷害を担保する他の保険契約(以下、「重複保険契約」という。)を締結するときは、あらかじめ書面をもつてその旨を被告AIAに申し出て保険証券に承認の裏書を請求しなければならず、被告AIAは右重複保険契約締結の事実があることを知つたときは、契約を解除することができ、その場合には右重複保険契約締結の事実が発生したとき以降に生じた事故による傷害に対しては保険金を支払わない旨の条項(第一二条、第一六条第一項、同第四項)が存在するところ、原告は、本件保険契約(一)を締結後、重複保険契約である同(三)、同(五)ないし(七)を締結するについて、被告AIAに対し、右の申出や承認の請求をしなかつた。

(2) 被告富士火災

本件保険契約(三)に適用のある普通保険約款には、保険契約者が契約締結当時既に重複保険契約を締結しているときは、保険契約申込書にその旨を記載しなければならず、故意または重大な過失によつて、右申込書に右重複保険契約締結の事実を記載しなかつたときは、被告富士火災は契約を解除することができ、右解除が傷害の生じた後になされた場合でも保険金を支払わない旨の条項(第二〇条第一項、第三項、第四項)が存在するところ、原告は本件保険契約(三)締結当時既に同(一)を締結していたのに、故意または少なくとも重大な過失によつて、右申込書にその旨を記載せずこれを被告富士火災に告知しなかつた。

また、右普通保険約款には、(1)に記載したのと同旨の条項(第二一条、第二六条第一項、第四項)も存在するところ、原告は右契約締結後、重複保険契約である同(五)ないし(七)を締結するについて、被告富士火災に対し、その申出及びその承認の請求をしなかつた。

(3) 被告同和火災

本件保険契約(五)及び同(六)に適用のある普通保険約款には、(2)の前段に記載したのと同旨の条項(第二〇条第一項、第三項、第四項)が存在するところ、原告は本件保険契約(五)及び同(六)を締結した当時既に重複保険契約である同(一)及び同(三)を締結していたのに、故意または少なくとも重大な過失によつて、保険契約申込書にその旨を記載せずこれを被告同和火災に告知しなかつた。

また、右普通保険約款には、(1)に記載したのと同旨の条項(第二一条、第二六条第一項、第四項)も存在するところ、原告は右契約締結後、重複保険契約である同(七)を締結するについて、被告同和火災に対し、その申出及び承認の請求をしなかつた。

(4) 被告日動火災について

本件保険契約(七)に適用のある普通保険約款には、(2)の前段に記載したのと同旨の条項(第二〇条第一項、第三項、第四項)が存在するところ、原告は本件保険契約(七)締結当時既に重複保険契約である同(一)、同(三)、同(五)及び同(六)を締結していたのに、故意または少なくとも重大な過失によつて、保険契約申込書にその旨を記載せずこれを被告同和火災に告知しなかつた。

(二) そこで、被告らは、原告に対し、前記(一)の各事由に基づき、昭和六一年四月一〇日到達の書面をもつて、被告AIAは本件保険契約(一)を、被告富士火災は本件保険契約(三)を、被告同和火災は本件保険契約(五)及び同(六)を、被告日動火災は本件保険契約(七)をそれぞれ解除する旨の意思表示をした。

4  合意解約(被告富士火災)

原告は、昭和六一年六月三日、被告富士火災に対し、本件保険契約(四)について解約を申入れをし、被告富士火災はこれを承諾した。

なお、右解約申入れは、本件事故発生後、いまだ右保険契約について保険金請求をしていない段階でなされたものであるから、契約関係を遡及的に解消する趣旨でなされたことが明らかというべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2は争う。

原告には、主治医である濱正純医師(以下、「濱医師」という。)によつて、入院当日の嘔吐のほか、頸部の運動制限、頸部及び肩の筋肉の緊満、情緒不安定等の他覚症状が認められている。

3  同3の事実のうち、昭和六一年四月一〇日に被告ら主張の解除の意思表示が到達したことは認めるが、本件保険契約(三)、同(五)ないし(七)の締結時に、原告が既に締結していた他の本件保険契約を故意または重大な過失によつて被告らに告知しなかつたとの点は否認し、本件各保険契約が互いに約款上の重複保険契約に該当するとの主張を争う。

原告は、本件各保険契約締結時に、他の本件保険契約締結の事実を保険代理店に対して告知しており、被告らに右告知が伝えられていないとしても、それは原告の与かり知らない被告ら保険会社の側の事情によるものであるから、告知義務の違背はないというべきであり、仮りに告知をしていなかつたとすれば、保険代理店が右告知を求めなかつたからにほかならず、重大な過失によるものとはいえない。

また、被告AIAが重複保険契約であると主張する本件保険契約保険契約(三)、同(五)ないし(七)は、いずれも貯蓄型の積立フアミリー交通傷害保険であつて、普通傷害保険である本件保険契約(一)とはその目的及び被保険者の範囲が異なり、重複しているのはその一部に過ぎないから、約款上の告知義務がある重複保険契約には該当しないというべきである。

4  同4の事実のうち、原告が昭和六一年六月三日に本件保険契約(四)の解約の申入れをし、被告富士火災がこれを承諾したことは認めるが、右解約により右保険契約が遡及的に消滅したとの主張は争う。

右保険契約に適用のある普通保険約款には、保険契約者は、被告富士火災に対する書面による通知をもつて本件保険契約を解除することができ、右解除は将来に向かつてのみその効力を生じる旨の条項(第二六条第三項、第二七条)があり、原告のなした右解約申入れについても右条項の適用があるから、右解約申入れは、それ以前の保険期間内の事故についての被告富士火災の保険金支払義務に消長をきたすものではなく、このことは、解約申入れがなされた昭和六一年六月三日までは契約の効力が維持されることを前提として解約返戻金が決定されていることに照らしても明らかというべきである。

五  再抗弁

仮りに、原告に重複保険契約締結の事実があり、その事実を告知ないし通知していないとしても、本件各保険契約に適用される普通保険契約款の告知義務違反及び通知義務違反による解除条項は、保険会社に対して保険事故発生後においても発生前と同様の解除権を留保している点において、著しく保険会社の利益に偏し、暴利行為ないしは著しく正義に反するものとして、無効というべきである。

また、右条項が当然に無効であるということはできないとしても、今日、保険会社は、すべての保険契約をコンピユーター管理しており、保険会社相互で保険契約申込者の重複保険契約の有無の情報に容易にアクセスし得ることに鑑みれば、重複保険契約の有無についてことさらに虚偽の事実を述べたような場合以外についても、一律に右条項の適用を認めるのは著しく正義に反するというべきであるから、このような事情のない本件各契約についてなした右条項に基づく解除は無効である。

六  再抗弁に対する認否

争う。

本件各保険契約に適用のある普通保険契約款の告知義務違反及び通知義務違反による解除条項は、重複保険契約の締結が不法な利得目的に出た場合はもちろん、そうでない場合でも保険事故招致の危険を増大させるものであるから、保険者としてはかかる重複保険の成立を避けるため他保険契約の存在を知る機会を確保する必要性があることから規定されたものであり、特に本件各保険契約のように定額給付方式がとられている傷害保険は、被保険者の保険金総取得額について商法六三二条のような法律上の制限がないため、解除条項の必要性が特に高いのである。

従つて、不法な利得目的の有無にかかわらず、右各義務の違反があつたことをもつて保険契約の解除事由とすることは、実質的にも理由があり、何ら正義に反するものではない。

なお、仮りに右条項の適用が不法な利得目的のある場合に限定されるとしても、抗弁3記載の諸事項から見て原告には不法な利得目的のあることが強く推定されるのであり、また、通知義務違反による解除については、故意または重大な過失の存在が要件となるとしても、わずか八か月の間に六つの傷害保険契約を締結しながら通知義務を知らなかつたり、知る機会がなかつたというようなことはあり得ないから、原告には通知義務違反につき少なくとも重大な過失があつたというべきである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実(本件各保険契約の締結)は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証、同第二号証の二、乙第四号証の一、二、同第五号証、同第二一号証及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告主張の日時・場所で、原告運転の原告車が道路から路外に転落する事故(本件事故)が発生したことが認められる。

二  ところで、被告らは、本件事故は原告が故意に発生させたものであるから、本件事故によつて原告が傷害を受けたとしても、被告らには保険金を支払う義務はない旨主張するので、まず、この点について判断することとする。

1  成立に争いのない乙第八号証の一、同第九、第一〇号証、同第二六号証及び同第三九ないし第四一号証によれば、本件各保険契約締結当時、各保険契約に適用されていた普通保険約款には、被保険者の故意によつて生じた傷害については保険金を支払わない旨の条項が存在していることが認められる。

2  前記争いのない事実に、成立に争いのない乙第一九号証、同第三五、第三六号証、本件事故現場の写真であることに争いがなく弁論の全趣旨により昭和六一年四月一〇日に撮影されたものと認められる検乙第一ないし第八号証、原告車の写真であることに争いがなく原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により昭和六一年一月ころに撮影されたものと認められる検乙第九ないし第一三号証、原告本人尋問の結果、トヨタ自動車株式会社に対する調査嘱託の結果及び鑑定の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件事故現場は、別紙図面記載のとおり幅員約六・五メートルで歩車道の区別も車線及び路側帯の設定もないアスフアルト舗装道路(以下、「本件道路」という。)上であり、右道路は、紀ノ川堤防上の道路(以下、「堤防道路」という。)から東方に分岐して、右分岐点から約二八メートル進行した地点から南方へ九〇度弱の急角度でカーブする(以下、「カーブ部分」という。なお、本件事故後、本件道路には道路の端から一メートル弱の位置に白線の外側線が引かれ、右各外側線の間の幅約五メートルの部分が走行車線となつており、カーブ部分の外側の白線の曲率半径は約一二・一メートルである。)とともに右分岐点から下り坂になつているが、その傾斜はカーブ部分の西端で約七パーセント、中央部で約一〇パーセント、南端で約六パーセントであり、カーブ部分の中央から西寄りではカーブの外側から内側部分に向かつて下る傾斜(カント)が三ないし五パーセントであるが、南寄りに向かうにつれて右傾斜はなくなり、同南端付近では逆に外側に向かつて下る約五パーセントの傾斜がついている。右カーブ部分の外側は、道路面と路外の田圃との間に大きな高低差があつて、段差部分は急傾斜のコンクリート擁壁になつている(高低差はカーブ部分から南方に向かうにつれて徐々に少なくなつているが、コンクリート擁壁はカーブ部分の南端からさらに南方約一七メートルの地点まで続いており、カーブ部分の南端付近における道路面の東端と路外の田圃との高低差は約一・六メートルである。)が、ガードレールはカーブ部分の中央部の外側に約一〇メートルにわたつて設置されているのみであり、付近にはカーブ部分の南西側に中古車販売業者の屋外展示場があるほかには人家はなく、街路灯も設置されていない。

(二)  原告車はトヨタマークⅡハードトツプ二〇〇〇グランデツインカム二四で、全長四・六メートル、全幅一・六九メートル、ホイールベース二・六六メートル、後輪トレツド一・四四メートル、最低地上高〇・一五五メートル、前軸重は七一〇キログラム、後軸重は五九〇キログラムのFR車であり、ハンドルは直進状態から左右にそれぞれ最大一・七二五回転し、平坦な舗装面をハンドルを一杯に切つて低速で旋回したときにも最も外側を通る前輪の軌跡の半径である最小回転半径は五・二メートルで、水平面上で右半径で回転した場合に定常性を保ち得る(横滑りしない)最高旋回速度は時速約一四・二キロメートルである。

(三)  本件事故は、原告車がカーブ部分の南端付近(別紙図面b点付近)の道路東端から路外に転落したというものであるが、事故後、原告車は車両前部が道路下の田圃に突つ込み後輪が道路上に残つた状態で停止しており、原告車の本件事故による主たる損傷部位もフロントバンパー、フロントまわり、フロントスカートカバー、左フロントフエンダー等の車体前部に限られ、車体後部には及んでいなかつた。

右認定の各事実に鑑定の結果を併せ考えると、前認定のような大きさ、性能の原告車が前認定のように高低差約一・六メートルの路外に飛び出した場合、転落時に両前輪が道路面から離れたのちの車体の右側面と転落した側の道路の端の線との角度(以下、「転落角度」という。)が小さいと横転することになり、他方、本件道路の幅員と原告車の最小回転半径という制約から右転落角度は一定以上の大きさにはなり得ず、結局、原告車が本件事故現場において切り返し等によらない通常の走行によつて曲がることができるということと、横転しない転落角度という二つの条件を充たして、原告車が前認定のように本件事故現場で車体前部を道路下の田圃に突つ込み後輪を道路上に残して停止するためには転落角度が七八度前後でなければならず、その速度も最小回転半径における定常性を保ち得る最高旋回速度である時速一四・二キロメートル前後(正確には、右最高旋回速度を本件カーブ部分のカントを考慮して修正した速度ということになる。)でなければならないことになることが認められる。

そして、右に認定したところによると、堤防道路の方から進行してきた原告車が本件事故現場の手前でハンドルを左一杯に切つて時速一四・二キロメートル前後の低速度で進行すれば、前認定のような状態で転落し停止することが一応可能であるということができるが、そのためには、原告車は、前認定の最小回転半径に相当する距離だけ転落地点から手前に寄つたカーブ部分の中央部に近い地点を、右前輪が道路西端を走行する状態で、しかもその時点で既にハンドルを左一杯に切り終わつた状態で通過しなければならないことになり、さらに、右以前の状態では原告車は、曲率半径が約一二・一メートルのカーブ部分を曲がつている途中であるはずであつて、右に切ったハンドルはまだ戻り切つていないと考えるので、ハンドルを右に切つた状態から殆ど瞬時に二回転以上左にハンドルを切らなければならないことになる。

ところで、原告は、本人尋問において、本件事故時の運転操作につき、カーブ部分を右に曲がり、まだハンドルを戻し切らないうちに何かが原告車の進路前方に飛び出してきたので左にハンドルを切り、とつさにブレーキも踏んだと思うと述べているが、右のような運転操作では前認定のような転落状態にならないことは前示の認定により明らかであるから、原告の右供述は到底信用することができず、前認定のような転落状態になり得る前記のような運転操作は堤防道路方面から通常の走行状態で進行してきた車両にとつてはまず不可能に近く、本件事故現場の手前で原告車を道路右端に寄せて一旦停止するか、転落地点の直前で切り返しでもしないかぎり、前認定のような状態で転落して停止することはないと考えられるところ、右のような運転操作をする合理的理由や必要性があつたことをうかがわせる証拠は存しない。

3  また、前記争いのない事実に、成立に争いのない甲第二号証の二ないし一八、乙第三号証の一、二、同第四号証の一、二、同第五号証、同第六号証の一、二、同第七号証、同第一三号証一、二、同第一四号証の一、二、同第一五号証の一、二、同第一六号証、同第一七号証の一ないし五、同第一八号証、同第二七ないし第三二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二〇号証、証人濱正純の証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和六〇年三月五日から同年一一月二六日にかけて、被告らとの間で七つの入院保険金条項を伴う保険契約(本件各保険契約)を締結したほか、同年三月四日から同年六月一日までの間にそれぞれ保険者を異にする四つの生命保険契約(いずれも入院保険金条項を含みその日額の合計額は四万円である。)を締結しており、本件事故の時点では、各保険契約により原告が支払うべき保険料は昭和五九年以前に締結した二つの生命保険契約の分なども含めれば月払いのものだけでも毎月二〇万円強に達し、一時払の保険金の支払のために組んだローンの支払を合わせると毎月の支払額は二五万円を超えており、入院保険金の額は本件各保険契約の分だけでも八万二三七五円に達していた。

(二)  原告は、本件保険契約(三)及び同(四)を締結するに際し、自ら住所及び氏名を記入した契約申込書の記入上の注意欄に告知すべき他の同種保険契約の例として普通傷害保険等が掲げられているにもかかわらず、本件保険契約(一)締結の事実を告知しなかつたほか、本件保険契約(七)を締結するに際しても、同様にその契約申込書に告知すべき他の保険契約として普通傷害保険・積立フアミリー交通傷害保険等が例示されているにもかかわらず、他の保険契約について何も告知していない(本件保険契約(七)の申込書の他の保険契約以外の告知事項については同告知事記載欄の「無」の不動文字に○印が付されている。)。また、原告は本件保険契約(一)及び同(二)を締結するに際して、昭和六〇年三月二二日に離婚した妻が経営していた美容院を自らが経営するものであるように申告している。

(三)  原告は、本件事故の翌朝濱病院を受診し、診察の結果打撲等の外傷は認められず、頸椎と頭蓋骨のレントゲン検査の結果にも異常は認められなかつたが、原告が頭痛と吐き気を訴えたので、同日、同病院への入院が許可された。入院中、原告は、頭痛、吐き気(但し、入院当初以外はあまり訴えていない。)に加えて大後頭・上腕・三叉各神経の圧痛、両手のしびれ感、頸部の運動制限、頸部・肩の筋緊満感(肩こり)を訴え、これに対して、介達牽引、電気・温熱療法等の物理療法を中心に、消炎鎮痛剤・消炎酵素剤・ビタミン剤の投与等の治療が行われたが、原告の愁訴の内容はその程度がやや軽減することはあつても著変は見られず、入院中数回にわたつて行われたレントゲン検査その他の検査結果にも異常所見は認められなかつた。原告は、昭和六一年四月二三日までの入院期間中に許可を得て一八日外泊し、三日外出しており、そのほかにも、毎日午前七時と午後二時に行われる検温の際に病室を不在していたことが少なくなく、また、主治医である同病院の濱医師は、昭和六一年一月中旬ころに既に自信ができたら退院して良いという形で退院を許可しており、同年四月一五日には症状固定の判断をし、同年四月三〇日にも退院の指示をしている。しかし、原告は希望して同年五月一〇日まで入院した。なお、濱医師は、退院の際に原告に通院を指示したが、原告は退院後は通院していない(少なくとも原告が通院した事実を認め得るような証拠は存在しない。)

原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そして、原告が前認定のように八か月余という比較的短い期間に多数の保険契約を締結して、一括支払のために組んだローンの支払を合わせると毎月二五万円以上を支払い、日額一二万円を超える入院保険金による保障を受けなければならないような合理的理由があつたことをうかがわせる証拠(原告本人尋問の結果中には、本件各保険契約を締結した当時一か月一〇〇万円を下らない収入があつたと述べる部分があるが、これを裏付ける資料はなく、信用できない。)は存しない。

4  以上の認定のように、本件事故のような転落状況は通常の走行中の運転操作では起こり得ないものであつて、原告が本件事故時の運転操作として供述しているところは到底信用できないものであることに加えて、原告は短期間に多数の保険契約を締結して多額の保険料を支払つているが、そのような高額の保険料を支払い、高額の保険金による保障を受けなければならないような合理的理由は見当たらず、契約時に重複保険契約の告知ないし通知も行なつていないこと、及び本件事故による原告の受傷内容は他覚的所見に乏しく、重篤なものとは考えられないのに愁訴は多彩で、医師が退院を許可しているにもかかわらず自ら希望して長期の入院をしていること等の点も総合考慮すると、本件事故は、原告が入院保険金を不法に取得する目的で故意に発生させたものであると推認するのが相当である。

もつとも、前掲乙第一四号証の一、二、同第一五号証の一、二、同第一六号証及び弁論の全趣旨によれば、本件保険契約(四)ないし(七)は満期辺戻金のあるいわゆる貯蓄型の保険であり、(七)については保険料一八四万七四五〇円を昭和六〇年一一月二六日に一括払いしていること、前掲乙第二一号証によれば、本件事故の直後に物損事故としての事故届がなされ、昭和六〇年一二月九日にその旨の事故証明書が発行されていること、前掲乙第五号証によれば、本件保険契約(五)及び同(六)についての保険金請求に際し、被告富士火災との間に保険契約が存在することを告知していること、前掲乙第六号証の二及び原告作成部分について成立に争いがなくその余の部分については弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二四号証によれば、昭和六一年六月三日に保険金未請求の本件保険契約(四)について原告から解約の申入れがなされていることがそれぞれ認められ、これらの事実は前記推認を妨げる事実であるといえなくもないが、いずれも絶対的に推認を妨げるものではなく、前記のような多くの間接事実と対比すれば、いまだ前記推認を動揺させるには足りず、他に前認定を左右するに足りる証拠はない。

5  そうすると、本件事故によつて原告が傷害を受けたとしても、右は原告の故意によつて生じたものであるから、被告らは、右傷害による原告の濱病院への入院につき、本件各保険契約による入院保険金の支払義務はないというべきである。

四  以上の次第で、原告の本訴各請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないことが明らかであるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇 本多俊雄 中村元弥)

別紙 <省略>

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